認知症の人の人生が夜の闇のように真っ暗である必要はない。認知症になったからといって人生が終わってしまうのではないことを常に思い起こすことは重要である。障害を忘れ、以前のように感じることができる明るい瞬間はたくさんあるものである。その瞬間を思い切り楽しむ事が大切なのである。(P32)
このガイドラインは、認知症の人とともに―認知症の自我心理学入門ー ジェーンキャッシュ (著),訓覇 法子 (訳) クリエイツかもがわをまとめたものです。スタッフの皆様の参考になれば幸いです。
この本の目的は、認知症の人たちをより正しく理解するとともに、認知症の人たちが身近な環境をどのように受けとめているかについて知識を深め、「自我を支える対応法」の実際を学ぶことである。この本はフロイト心理学を基礎にした「精神分析的自我心理学」の理論を基礎にしている。自我とは、意識や行動の主体を指す概念である。ちなみにバリデーションはエリクソンの発達心理学理論を基礎にしている。全ての認知症ケアワーカーや家族は、無意識に蓄積されてきた体験的な「知識」を「自我を支える対応法」を学ぶことを通じて体系的に整理し、認識の世界に移行させることができる。
自我を支える対応法とは日常的な言葉で言えば「手伝う」「後押しする」「楽に仕事をする」に近いが、認知症介護をより独立した専門性の高い分野に推し進めていくために必要な「正確な記述」のための一つツール(用語、方法論、学説、アドバイス)である(P57)。
この本では、全ての人は「思考能力」「対象と関係をもつ能力」「判断力」「防衛機制」「総合統合能力」などをはじめとする12の自我機能の断片から形成され(人間―不思議なパズル)、全ての断片がお互いに影響しあい、協働し総合的な人間を形成しているととらえ、一人の人間と人格の総合的な図を描くには、パズルの断片―全ての自我機能―に注目しなければならないとしている。
認知症の人はこれらの全てが壊れているのではなく、それらが部分的に弱くなっていることで苦しんでいるのであり、支援する家族やケアワーカーの役割は認知症の人たちの「健康な」部分を日常の中で見出して自立を支援し、認知症の人の「補助自我」として彼らの損なわれた部分を補うことであると主張している。大事なことは、以下の二つである(P7)
認知症になると人は様々な分野で変化をきたす。一部のパズルの断片は形が変わり、他の部分は形そのものが失われてしまっている。
認知症の疑いがあるときは、どんな場合にも正確な診断名と、他の病気でないことを明確にするために、検査、診断が必要である。正確な診断は認知症クライアントの行動変化が、どういう理由によるものかを明らかにしてくれるとともに、適切な支援を受けることを可能にする。
認知症であることを実際に知っているのは認知症の人自身であるが、認知症の人は自分がどう感じているかを記述することが往々にして難しいものである。そのために多くの人が、自分に対しても、周りの人に対しても困難さを隠してしまっている。
頭の中が病気のような気がしている。間違ってしまったことはわかるが、それを訂正することができない。一番難しいことは、いろいろな状況において起こる記憶の「穴」である。
ほかにも難しいことは沢山ある。話しているとき言葉を探し出すことが難しくなる。話している最中、言葉が消失してしまう。言葉が見つからないので書くことも難しくなる。
読んでいる本の内容が理解できなくなる。数えることも難しくなり、買い物のお釣り計算は店員任せになる。ここ数年、自分が変わってしまったので、あまり人と交流せず、孤独な思いをしている。
45歳ごろから記憶が喪失することを感じ始める。早い段階から精神科医に相談し、「できるかぎり幸せに、アクティブに生活しなさい。人生を楽しむこと。あなたの素敵なユーモアを失わないこと。そのことが、あなたの積極的な態度を維持し、周りでおきることを肯定的に受け止めるうえで役立つ。家族を集めて、あなたに何が起こったのかを話しなさい」というアドバイスを受けているが、孫の訪問に緊張するようになったり、性欲がコントロールできなくなったりと生活のあらゆる場面で変化が著明になる。
認知症は本人だけでなく家族にも大きな影響を及ぼす。新しい出来事や要求の出現によって発生する時間的、物理的、心理的拘束が極めて負担に感じられるようになり、家族内に摩擦や争いや分断が生じやすくなる。家族はしばしば社会的交流の余裕を失い孤立する。
当惑と不安、過敏反応、いらだちと怒り、否定、悲しみや喪失感・失望感
認知症のせいであると頭では分かっていても、
罪悪感と良心の呵責
感情的になる度に後で申し訳ないと思う
認知症の人と一緒に過ごす方法を学ぶことによって、困難な状況に対して、うまく処理できるようになり、家族として感じる負担を軽減することができる。
新しく生じた難しい状況を乗り切るために有意義な方法である。情報や知識を得て、どういうことが起こりうるかと予測することができるようになれば、家族やケアワーカーは部分的ではあれ、前準備を行うことができ、自分の置かれた状況に対して、安心感をもってコントロールできるようになる。
親戚や友人に話し、地域の「認知症の人と家族の会」などに連絡をとってみる。
介護者にとって負担が大きくなり過ぎた兆候として、怒りのあまり手が出たり、介護を放棄してしまったりすることは誰にでもあり得る。「虐待」は認知症介護現場においてごく一般的な対処可能な出来事であり、決して介護者固有の人格に由来するものではない。
もしそうなったら、あるいはそうなりそうになったら、誰かにそのことを話して、負担が少しでも軽くなるように介護サービスの利用量を増やしたり、介護職であれば上司や仲間と話し合うことが必要である。
休養によって一時期であっても心の安息を得ることが必要である→ショートステイ、デイサービス、自費も利用した長時間ホームヘルプサービスの利用など。
我慢できそうにない時は、とりあえずの応急処置として、10まで数える、誰かに電話するとか、コーヒーを沸かすなど気分転換を行い、状況を中断する。
私たちは高齢者を、全ての人が皆同じだという「同質者」のように見てしまい、全てをひとまとめにして、漠然と普遍化してしまいがちである。「これは認知症にみられる典型的なことだ」と考えて、認知症のひとの行動を無視しがちになる。それは、そうすることで、この人がどうしてそのような行動や態度にでるかを理解する努力をしなくて済むからである。
2人の認知症の方いれば、必ず異なっている部分が多いことが分る。2人はそれぞれ異なった人生経験、性格、人生観をもっている。また、2人は異なった価値観、期待、願望、要求をもっている。自分の記憶障害にも異なった方法で対応する。
例:裸をさらすということが自尊感情を著しく損なうと感じているクライアントは入浴を頑なに拒否するかもしれないが、その場合、「不潔です」、「臭います」、「困ります」などといった脅迫的な言動で入浴を強制してはならない。
思考とは、注意力、集中力、記憶、言語、抽象化などの相互作用による極めて複雑なプロセスである。
認知症の人は短い時間しか集中できず、散漫になり、注意力が欠ける。
思い出すという能力は人が自分というものを体験するための核心をなすものであり、記憶障害はその人にとって深刻な能力喪失である。認知症になると、まずエピソード記憶が低下し、次に意味記憶が低下するが、手続き記憶は認知症になってもかなり長い間維持される。以前思い出せたことが思い出せなくなってきた時、ほとんどの認知症の方は強い屈辱感を味わう(P68)。 また新しいことの学習能力が極度に低下し、何度も繰り返し尋ねるようになる。
肯定的な感情はかなり長く残るものであり、瞬間、瞬間を楽しむことが大切である。
認知症になると、「言葉の健忘症」が起こり、他人に理解してもらうことと、他人が言うことを理解することの両方が難しくなり、頭の中には言葉があるのにどんなに努力してもそれを取り出せない屈辱感や恐怖感を味わう。
認知症の人は以前より具体的に考えるようになり、全体を把握し、問題を解決する能力が悪化するので格言のような抽象的なセンテンスを理解することができなくなる。
認知症になると、自我の機能が低下することで、自分が脆くなり、自分がいったい誰であるのか、不安に感じるようになる。鏡に映る自画像が他人であるかのように見え自分の顔や体が自分のものであると感じられなくなり、「私は誰なの?私が消滅していく、本当の私は死んだ」といった強い消滅的、破壊的苦悩に襲われる。
時間・場所・周囲の人物に対する理解が難しくなり、存在しないものが見えるような気がして、「私は気が狂っているのではないだろうか」という不安、苦悩、恐怖の感情に襲われる。
場所を認識する能力の欠如は、普通、外界から身近な環境へ、そして最後に自宅へと進行していく。
症状が強くて継続する場合は膀胱炎など医学的な問題がないかどうか医師に相談する。
他者関係とは他の人に対する情緒的な関係を意味し、自我の発達にとって極めて重要で的な位置を占める。
他者に対する一定の「心のイメージ」を持ち続けることで、他者がいない時も私たちは自らの存在を安定したものとして、また予想可能なものとして感じることができる。認知症の方はこの「心のイメージ」を持ち続けられないために、人間関係が変化してくる。
刺激の防壁:刺激防壁には2つの機能がある。
認知症の方がどんな状況で判断が低くなっているかを考え、またどんな状況ならうまく対処できるかを考え、認知症の方が最善の自己決定できるよう援助していく。
例)アドバイスの提供 動機付け、確認と指導、励まし
「自我を支える対応法」に基づいたスーパービジョン
認知症ケアにおいて体系化されたスーパービジョンは行われてこなかったが、「ピアスーパービジョン(仲間同士の助言と援助)」は同僚間で行われてきた。現場で職員に対して多様な形で指導を提供することは職場の責任者の任務である。
職員間の問題を処理することは、原則としてスーパービジョンの枠外である。スーパービジョンが焦点を置く分野は多様であるが、次の3点にまとめられる。
職場の組織や日常の勤務形態や内容は、関係者に多くの疑問を投げかけている。自分たちの職場について職員が最も議論したのであれば、職場の組織と構造に焦点を置くスーパービジョンから始めるべきである。
スーパービジョンにおいて重視するのは、認知症の人と介護職員に起こりうる相互作用である。認知症の人はスーパービジョンの対話においては主役の役割を果たす。
スーパービジョンの過程は4つに分けることができる。
契約はスーパービジョンのための実務的な枠組みと合意内容を確認するものである。以下のことに関する申し合わせが必要となる。
スーパービジョンは次のような流れで毎回行われる。