ホスピス日記


映画に学ぶ 「死にゆくこと」 第1回 私の中のあなた

更新日時
2013年01月29日(Tue)

第1回 私の中のあなた (原作名My Sister's Keeper 2009年 米国)

                                        林山クリニック希望の家 梁 勝則

 「ケモデスが今でも時々あるんです。特に子供の場合親御さんが諦めきれなくて。もう抗がん剤は効かないと思うし抗がん剤の副作用で死ぬかもしれないと説明しても、それでもいいからやってください、千に一つの可能性であってもそれにかけたいのですって」神戸で不定期に開催している在宅医と病院の懇談会でがん専門病院の血液内科専門医がまなこを大きくしながら語った。若い人の死は本人だけでなく家族にとっても洋の東西を問わずしばしば到底許すことのできない惨事である。
 「私の中のあなた」はジョディ・ピコーの小説を映画化したものだ。余命いくばくもない白血病と診断された愛児ケイトを救うため女性弁護士サラ・フィッツジェラルド(キャメロン・ディアス)は移植適合性の一致する妹アナを遺伝子診断の力を借り人工授精で設けた。アナはケイトの白血病治療に必須の臍帯血・骨髄移植、輸血などのドナーとなりケイトの命を助けてきたが、骨髄液採取後に重体となり自分自身が入院することもあった。
 辛い抗がん剤治療に耐え抜いてきたケイトは思春期を迎え化学療法室で同病の青年と知り合う。二人は抗がん剤で吐くか吐かないかにデート代を賭けたり、お互いの禿頭をからかい合うなど親密な逢瀬を重ねる。あこがれのダンスパーティーにも同伴参加して美しいドレス姿を披露することができた。しかしその数日後化学療法室に彼は現れず、病死したことを知らされたケイトは慟哭する。
 前後してケイトの病状も終末期を迎え、当座を生き延びるのには腎移植しかないと告げられる。主治医はホスピスケアをさりげなく勧めたが、サラは「あり得ない!!」とアナからの腎移植を決断する。
 そんな折にあろうことかアナはこれ以上姉のために自分を傷つけるのは止めてほしいと臓器提供拒否の訴訟を両親に対して起こす。無償で代理人を引き受けたのは勝訴率91%、ロールスロイスのオープンカーに乗るてんかん持ちの辣腕弁護士(アレック・ボールドウィン)だ。サラは妹が姉のために腎臓提供しないことに憤慨し未成年の訴訟そのものが法的に無効として争うが、人道的見地も影響して敗訴してしまう。アナは「真の依頼人(観てのお楽しみ)」に勝訴の電話報告をするが、父親に誰何され冷汗をかく。
 余命数日となった病床のケイトが突然「海を見に行きたい」と両親にせがんだ。「そんなことしたら死んでしまう。どうしても行くのだったら離婚する」と激怒して車を止めようとするサラを振り切って父とアナは美しい海辺にケイトを連れて行き、陽光きらめく砂浜で潮の香りを楽しむ。遅れて着いたサラも仕方なく傍で見守った。無事病院に戻るが、その数日後サラの添い寝に見守られながらケイトは静かに息を引き取った。サラは優しく娘のなきがらを抱きしめ頬をすり寄せた。その表情からはもはや怒りややるせなさが消え去っていた。迫真の憤怒に満ちた母親役を演じたキャメロン・ディアスは名優だと思う。
 制作意図を問われたインタビューでニック・カサベテス監督は「人間は必ず死ぬものだし、死に直面する重い病気にかかることもある。そういう状況になったとき、僕らにはいくつか選択肢があり、この映画ではそれを選択する難しさや複雑さを掘り下げている。『ただ長生きすることが重要なのか? それとも良い人生を歩むことが大切なのか?』と問われたら、僕は良い人生を選択すべきだと思うんだ」と答えている。

蛇足的解説:先進国の高度医療は間近に迫る死を回避し、しばしば中長期の延命効果をもたらし、時にあるいは稀に生還と呼べるほどの治療効果をもたらすまでに発展してきた。しかしそれ故にむしろ人は最終的な段階が訪れた際の葛藤や不条理感に懊悩せざるを得ない。懊悩は死に対する強い拒絶・否認として態度に現れがちであるが、自然死の時代がはるか永くに先行してきた人類の習性として、心の奥底では死は誰にも避けられない運命であることを知っている。人類は死を知る唯一の種だろう。それゆえ私たちの緩和ケア病棟であれほど死を忌避し死ぬべき運命を拒絶し続けた家族の死別後の振る舞いが、予想を超えて穏やかなのだと思う。受容しないこと否認し続けることも、またその人の精神が生き延びるための健全な反応であると肯定的に受けとめるよう言い聞かせている。やりきれない気持ちになる時もあるだろうが。

2013年01月