〜最後まで、その人らしく〜|スタッフブログ|林山朝日診療所グループ|神戸市須磨区・長田区・西区

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2026年10月08日

〜最後まで、その人らしく〜

「緩和ケア」と聞くと、
多くの方がまず思い浮かべるのは、
“痛みを取る医療”
かもしれません。

もちろん、痛みや息苦しさ、不安を和らげることは、緩和ケアのとても大切な役割です。
しかし私は、緩和ケアはそれだけではないと感じています。

以前、ある患者さんを担当していました。
がんが進行し、決して楽な状態ではありませんでした。
強い倦怠感が続き、さまざまな治療を試みましたが、なかなか症状は改善しませんでした。

病棟では、
「鎮静を考えるべきではないか」
という話題が出るようになっていました。

私は、ご本人の思いを伺うため、お部屋へ向かいました。
患者さんは苦しそうな表情をされていました。

小さな声で、
「伝えたいことがある」
と話されました。
「ご家族にですか?」
そうお聞きすると、患者さんは頷かれました。
そして、
「仲良くしてくれてありがとう」
と話されました。

ご家族は涙を浮かべながら、その言葉を受け止めていました。

その後、患者さんは私の方を見て、
冗談めかした笑顔でこう言われました。
「根性で生きてるんや。
もういいかなと思いながら、多分生きたいんやろうね。」
私は、その言葉を今でも忘れることができません。

その患者さんは苦痛を抱えながらも、
自分で考え、自分で決め、家族と話し
一日一日を過ごしていました

私は、その時間そのものに深い意味があると思っています。
亡くなられた日、ご家族はベッドサイドで涙を流していました。

私はそっと、
「ご本人、“仲良くしてくれてありがとう”って話していましたね」
とお伝えしました。

するとご家族は涙をこぼしながら、
「そうでしたね」
と微笑まれました。
とても穏やかな時間でした。

鎮静を行えば、苦痛を和らげることはできます。
それは、時に非常に大切な医療です。
私自身、鎮静を否定しているわけではありません。
耐え難い苦痛があり、ご本人が望まれる場合には、必要な医療だと思っています。

ただ私は、緩和ケアにおける鎮静は、
「単に眠ってもらう処置」
ではないと考えています。

人は最後まで、考え、迷い、誰かを想い、言葉を交わしながら生きています。

だからこそ私は、
鎮静とは患者さんが最後まで大切にしているものを、一緒に考えながら行う医療
であるべきだと思っています。

私はこれまで、多くのがん患者さんを看取ってきました。

その中で強く感じるのは、
人は最後まで、
“自分の人生を生きようとする”
ということです。

食べたい、会いたい、帰りたい、話したい、笑いたい。
そうした思いは、病気が進行しても消えません。

だから私は、鎮静を行う時にはいつも迷います。
「本当に、もうこの人は“考える時間”を終えたいと思っているのだろうか」
と。

鎮静は、患者さんの苦痛を和らげる一方で、
“考えること”
ができなくする医療でもあります。

だから私は鎮静をするときはいつも、
意識を保ちながら苦痛を和らげる方法は、本当になかったのだろうかと悩みます。

林山クリニック 愛新 啓志

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