2026年08月28日
「緩和ケア」という言葉を聞くと、
“痛みを和らげる、人生の最終段階の医療” を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、現代の緩和ケアは、単に身体の痛みを取るだけではありません。
患者さんの不安、孤独、家族との関係、人生の意味への問い――
そうした “人としての苦しみ” 全体に寄り添う医療です。
その考え方を築いた人物が、イギリスの医師 シシリー・ソンダース です。
「人はどう生きるのか」を問い続けた人
シシリー・ソンダースは若い頃、
オックスフォード大学 で哲学・政治・経済を学んでいました。
そこで彼女は、
人はどう生きるのか
社会とは何か
苦しみとは何か
という、人間そのものへの問いに触れます。
この “哲学的な視点” が、後の緩和ケアの考え方に大きな影響を与えたと言われています。
その後、第二次世界大戦中に従軍看護師として働き始めますが、背中の痛みのため看護師を続けられなくなります。
そして、医療ソーシャルワーカーとして病院で働くようになりました。
「身体の痛みだけでは説明できない苦しみ」
終末期の患者さんたちと関わる中で、彼女はあることに気づきます。
それは、
「身体の痛みだけでは、人の苦しみは説明できない」
ということでした。
患者さんたちは、
身体の痛み、不安、孤独、家族への負い目、「生きる意味」への問い
など、さまざまな苦しみを抱えていました。
そして彼女は、
「患者さんの苦しみに、もっと深く関わりたい」
という思いから、30代で医学部へ進学し、医師になります。
看護師、ソーシャルワーカー、医師――
3つの立場を経験したことが、現在の緩和ケアの基礎となる考え方へとつながっていきました。
“Total Pain(全人的苦痛)”という考え方
シシリー・ソンダースが提唱した有名な概念に、
“Total Pain(全人的苦痛)”
があります。
これは、人の苦しみは単なる身体症状だけではなく、
身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルな苦痛
が重なり合って存在している、という考え方です。
たとえば、
「家族に迷惑をかけている」
「自分にはもう価値がない」
「なぜ自分が病気になったのか」
という苦しみは、薬だけでは解決できません。
だからこそ緩和ケアには、
医師、看護師、薬剤師、リハビリスタッフ、ソーシャルワーカー、介護士
など、多職種による支援が必要なのです。
身体だけではなく、
「その人の人生全体」を支える。
それが、緩和ケアの本質なのです。
「あなたは、最期まで大切な存在」
シシリー・ソンダースには、有名な言葉があります。
“You matter because you are you.
And you matter to the end of your life.”
「あなたは、あなたのままで大切なのです。
そして人生の最期まで、あなたは大切な存在です。」
さらに彼女は、
「私たちは、あなたが安らかな死を迎えられるようにするだけではなく、
あなたが死ぬまで “生きられる” よう支援します」
とも語っています。
病気になっても、介護が必要になっても、人生の最終段階にあっても、その人の価値が失われることはありません。
ただ安らかな死を支えるだけではなく、
“その人が最期まで、その人らしく生きられること” を支える。
この姿勢こそが、彼女が遺した緩和ケアの魂なのだと思います。
私たちが受け継ぎたいもの
シシリー・ソンダースが残した考え方は、今も世界中の医療・介護現場で受け継がれています。
ご本人やご家族の不安を受け止め、生活を支え、その人らしい時間を共につくっていく。
そこには、医療だけではなく、介護や福祉の力も欠かせません。
医療の力で身体の苦痛を和らげ、
介護の力で生活と尊厳を支える。
私たちもまた、
「病気だけではなく、その人を見る」
というシシリー・ソンダースの姿勢を大切にしながら、地域の多職種の皆さまと共に、患者さまとご家族の人生に寄り添っていきたいと思います。
林山クリニック 愛新 啓志