2026年09月25日 林山クリニック
「食べられなくなった時、どうするか」
それは、単なる医療の話ではありません。
その人が、これからどんな時間を過ごしていくのか。
家族として、どう支えていくのか。
人生の最終段階に向き合う、とても大きな話し合いです。
在宅医療をしていると、
胃ろうを作るかどうかの相談には、いつも長い時間がかかります。
ご本人が自分の意思を伝えられることもあれば、
認知症などで難しい場合もあります。
「少しでも長く生きてほしい」
「苦しい思いはさせたくない」
「もう十分頑張ったのではないか」
「でも、何もしないのは見捨てるようでつらい」
ご家族の中にも、さまざまな思いが交差します。
以前、認知症の奥様を介護されているご主人がいました。
毎日きちんと食事を介助し、
通院にも付き添い、
長い間、とても熱心に奥様を支えてこられた方でした。
食事を食べることが難しくなり、
胃ろうをどうするかという話になった時、
ご主人は静かにこう言われました。
「どちらを選んでも、後悔は残る気がします」
私は、その言葉にハッとしました。
胃ろうを作れば、
「本当に本人のためだったのだろうか」と悩むかもしれない。
作らなければ、
「もう少し生きられたのではないか」と、自分を責めるかもしれない。
つまり、この問題には、
簡単に答えを出せる “正解” がないのです。
だからこそ医療者には、
ただ医学的な説明をするだけではなく、
ご家族が悩む時間に付き合う姿勢が大切なのだと思っています。
迷いながら出した決断の重さを、
家族だけに背負わせない。
「私も、それでいいと思いますよ」
「その選択は、決して間違いではないと思いますよ」
医師や看護師など、周囲の支援者がそう寄り添うことで、
救われるご家族もいるように感じます。
人生の最終段階の医療や介護では、
正解を示すことよりも、
一緒に悩み、一緒に支えることのほうが大切な場面があります。
私はあのご主人の言葉から、
そのことを改めて教えていただいた気がしています。
林山クリニック 愛新 啓志